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矩計日記 
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梵雲庵雑話
淡島寒月の『梵雲庵雑話』(岩波文庫)をすこしずつ読んでいる。
文章は易しいが、読むのに時間がかかる。明治のはじめ頃の話は、聞いたこともないような物珍しいことばかり。

淡島寒月の父親で、幕末から明治初期の画家、淡島椿岳は相当な奇人だったそうで、その回想談がおもしろい。
椿岳は、あるとき、浅草寺の仁王門の二階に住みはじめた。出入りに不自由な住居だったが、それでもかなり長く住んでいた。参拝にやって来た人達を二階に上がらせて、陳列した羅漢図を見せながら、お茶を振舞ったりした。仁王門に住めなくなった後は、お経もろくに誦めないのに、浅草寺境内にある淡島堂の堂守になり、頭をクリクリ坊主にして出鱈目なお経を誦んでいた。参拝の人達には、椿岳さんはたくさんお経を誦んで下さる、と評判がよかった。出鱈目に誦んでいることにだれも気づいていなかったという。
浅草寺の唯我僧正が椿岳と骨董仲間で、椿岳に淡島堂の堂守になるよう勧めたということだが、今では考えられないようなのんびりとした話だ。
淡島堂の堂守になった椿岳さん、朝の御勤めも徹底している。

《浅草寺では毎朝四時に鐘を鳴らして朝の御勤めが始まる。きっと淡島堂でも鐘が鳴って暫し御勤の様子があるので、淡島堂の堂守の評判は甚だよかったが、実は椿岳がまだ床の中にいて、紐で鐘を鳴らす棒を引くように仕懸け、床の中にいながら魚が浮標を引く様に紐糸を繰ってはカンカンやったものだそうだ。》
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by kanabakari | 2011-02-25 01:05 | | Comments(0)
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