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矩計日記 
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世離れのした気分
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森銑三の『古い雑誌から』を読む。明治や大正の頃の雑誌に書かれた雑文。おもしろそうだが、なかなか読む機会もないし、なんだかむずかしそう。でも、この本の序文を読んでちょっと興味がわいた。

《行きつけの図書館  といふのは早稲田大学図書館なのであるが、そこの書庫の一階と地階とに、明治以降の雑誌の合本が、かなり豊富に置いてある。その内のあれこれを五階の閲覧室まで運んで来て、暇なをりをりに見てゐると、世離れのした気分になつて実に楽しい。
この「古い雑誌から」の一冊は、早稲田の図書館での産物で、回顧趣味随筆と銘を打つてもよいものとなつてゐる。こんな本のどこに現代的意義があるかと息巻かれては、たじたじとせざるを得ぬが、もしもさういつて詰め寄る人があつたら、現代的意義など何もないところに何かあるのではあるまいかと、不得要領な返事をすることにしようと思ふ。》

沼波瓊音、林若樹、三村竹清、阪本四方太といった、今まで、自分の知らなかった人たちの文章が紹介されていていて興味深い。明治時代の東京は、実際はどうだったかはわからないが、どこかのんびりとした空気が漂っていたように感じられる。読んでいてとても楽しい。
三村竹清(明治9年生まれ)が子どものころを回想した自伝的な一編、「鈴木小學校」が好きだ。当時の東京の小学校は公立よりも私立が重んじられていたらしく、私立校には寺子屋式の色彩が多く残っていたという。

《学校へ上る時は、大きな煎餅菓子の袋を持つて行く。其菓子は、一同の生徒に、すこし宛配たれる。私も其後、上りツ子のあるたんびに、此菓子を貰つたもんだ。中の橋の向ふに、異人館建ての支那人の雑貨屋があつた。支那人の子を南京さんといつた。其南京さんの子の阿仙さんといふのが上つたことがある。阿仙さんも大きな菓子袋を持つてきた。が、其菓子は南京さんのお菓子で、皆が閉口して、又阿仙さんにたべて貰つた。当時私は、毎朝熊々中の橋を廻つて、南京さんの通学を誘つた。「阿仙さん行かないか」と言葉をかけると、阿仙さんのおつかさんが出て来て、よくお菓子を呉れた。其お菓子も矢張り南京菓子で困つてしまつた。或時阿仙さんと忠べさんとこの久ちやんと喧嘩をして、久ちやんが、阿仙さんの辮髪を小刀で切つてしまつた。南京さんは、あの長く後へ垂れた髪を命より大切にするものだと聞いてゐるので、先生が第一に青くなつて、詫に行つたら、まだ幼い阿仙さんは、それが入れ毛であつた。》
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by kanabakari | 2011-02-17 01:09 | | Comments(0)
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