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矩計日記 
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口縄坂
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 午前中、はげしい雨が降った。ベッドの中で、庄野潤三の『陽気なクラウン・オフィス・ロウ』(文藝春秋)を読みはじめる。
  
 午後から雨も小降りに。阪急電車に乗って、いろいろ乗り換えたり歩いたりして、矢野書房の棚にあった小沼丹『福壽草』(みすず書房)を抜きだし、おそるおそる値段を見ると買える値段だった。よかった、よかった。でも澄ました顔でレジに近づく。店主さんがいつもの青い紙で丁寧に包んでくれる。この青い包み紙の手ざわりが好きだ。手で撫でていると中の本がとてもいいものに思えてくる。
 
 その次に向かったのが一色文庫。模様替えをされたみたいで、レジがすこし前のほうに出てきていた。ここのお店は、本の量が多すぎず少なすぎず、ちょうどいい。本棚に収まりきらずに机のうえに積まれた本も、体をすこし傾ける程度で題名がわかる。とてもさがしやすい。そして、いつもいい本がならんでいて値段も安いのがうれしい。
 さんざん迷って、福原麟太郎『野方閑居の記』(新潮社)に決める。ほかにも欲しい本はたくさんあったのだが、最近は単行本を三冊以上持って歩くと腰痛になることがわかってきたので一冊だけで我慢(『福壽草』は分厚いので二冊分に換算された)。
 
 店をでると五時をすぎていた。帰りは谷町線に乗らずにすこし歩くことにする。お気に入りの坂道である口縄坂を通る。いつもなら、ひっそりとした、この坂道もなにやら騒がしい。坂の下から、おばさんがノラ猫たちに餌をやりながらあがってくるのが見えた。毎日、この時間に来ているのだろうか。猫たちも全員集合のようだ。おばさんは猫にむかって名前を呼びかけながら、順番に白いせんべいようなもの(魚だったかもしれない)を配っている。白い猫は「シロ」と呼ばれていた。こだわりのないシンプルないい名前。
 おこぼれを狙っているのか、カラスが木の上に集まってきて鳴き声をあげだした。にぎやかな晩餐だ。
 
 織田作之助の小説「木の都」にもでてくる口縄坂。坂をのぼりきったところには「木の都」の一節を刻んだ石碑がある。川島雄三監督のデビュー作である映画『還って来た男』(1944年・松竹大船)では、織田作之助が自作の「木の都」や「清楚」を脚色して脚本を書いた。オダサクも川島雄三も大好きなわたしは、これまでにも何度かここへやって来て、坂を上り下りしては戦前戦中の大阪に思いを馳せた。。下寺町界隈には、ほかにも坂道がたくさんあるが、口縄坂は特別に好きな場所なのだった。
 そして、今年の春ごろに読んだ加藤一雄の『京都画壇周辺』にも、この口縄坂が登場している。なんでも加藤一雄が少年時代に蝉取りをした場所だという。確かに、この坂道の両脇には、鬱蒼とした木が空を隠すほどに生い茂っている。きっとあの大きな木で蝉をつかまえたんやろうなあという適当な空想もたのしい。
 加藤一雄の生家もこのあたりにあったそうなのだが、きょうは腰も痛くなりそうだし、場所もわかりそうにないので帰ることにした。
 
 

 
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by kanabakari | 2010-07-12 00:38 | | Comments(0)
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