1月3日早朝。金券ショップで買った18切符をリュックに入れる。あとは財布、パン、折りたたみ傘、メモ帳、電話、カメラ、本。日帰りなのに重たい。本はやめておこうかと一度外に出すが、考え直して入れてしまう。結局読まなかったりするのだが。
5時に家を出て駅まで歩く。外は真っ暗でこわいほどに静か。三が日ということもあってか車もぜんぜん走っていない。信号機だけがギラギラと光っている。交番の中が明るいがだれもいない。
始発の快速に乗って西へ。
10時前に倉敷到着。京都から在来線で4時間半ほどの距離。瀬戸内のポカポカしたお日さんを思い描いていたのだがめちゃくちゃ寒い。京都よりも寒く感じた。
駅から美観地区まで歩く。まだどの店も開いていないので神社に行ってみた。阿智神社というお宮さんで、急勾配の石段をのぼると本殿があり、初詣客でなかなか賑わっている。ちょうど餅つきがはじまったところだった。参拝客にふるまってくれるらしい。杵が餅めがけて振り下ろされるたびに、餅をつく音が空きっ腹に響いてくるようで待ち遠しい。つき終わった餅が別のところへ運ばれる。かなりの熱さらしく、餅の塊りを抱えて駆けだすおばさんを見て思わず笑ってしまう。列にならんでひとついただく。餅には黒豆が入っていた。あまりの旨さに感動してもうひとつ貰いに行った。
お昼ごはんを食べあと、前から行ってみたかった蟲文庫に行く。

店の中はちょうどいい広さと本の量で居心地がいい。いろいろなジャンルの本があって見ていてたのしい。奥の部屋には猫が2匹(3匹だったかもしれない)いる。
棚の上には揃いの全集本もならんでいた。見ているとなんとなくいい気分になった。最近はまったく全集を買わなくなってしまったし、古本屋で見てもそれほど欲しいとも思わないのだが、ここに並べられた全集を見ていると「やっぱり全集はいいなあ」と思えてきたのだった。
帰り際に店主の田中美穂さんとすこしお話をさせてもらう。笠岡で木山捷平にゆかりのある場所について尋ねると、とても親切に教えてくださった。笠岡市の図書館に木山捷平の著作などが展示されているが、今日は休館日であること。生家へは笠岡駅からは公共交通機関では行きにくいということ。その生家に以前レンタサイクルで一時間かけて行った方がいたこと。それは夏の盛りであったこと。今の時間からだと駅から近い古城山公園がおすすめであること。地元の人たちは”しろやま公園”と呼んでいるので登り口を尋ねるときにはそのように尋ねるとわかりやすいということ。その公園は小説「尋三の春」に登場する場所で小高い山の頂上にあり詩碑がたてられているということ。
「尋三の春」は大好きな作品だ。尋常小学校の新任の先生と子どもたちが遠足に行く話がでてくるのだが、その行き先が城山なのだ。
田中さんは、「わたしも聞いた名前をすぐに忘れるので」とおっしゃって、公園の名前を紙に書いて渡してくださった。お礼を言って店を出る。
ふたたび電車に乗って笠岡駅へ。ホームにカブトガニの剥製が展示されていて、あまりの大きさにおどろく。海に近いのだ。笠岡には以前にも一度来たことがあるけれど、5月の暖かい日のことだったので、そのときとくらべるとずいぶん印象がちがう。雨がふってきてさらに寒い。看板の地図を見ると古城山は駅からすぐ近くにあるショッピングモールのとなりにあった。すこし迷いながら登り口を見つけ、舗装された山道をぐねぐねと登って行くとほどなくして頂上に着いた。すごく見晴らしがいい。
《町を横切ると、私達の前に小高い岡が蹲っていた。それが城山であった。古い磯馴松の間をくぐりながら、うねうねと曲がった、赤土道を私達は登って行った。丁度坂の中ほどまでのぼった時、万歳!万歳!という歓呼の声が舞い上がった。松の木の間から、五月の空の下に遠くひろがった紺碧の海が見え出したのである。私はこの時、生まれてはじめて海を見た。大きいのにびっくりした。じっと見ていると、今にも跳び込んでしまいたいような衝動にかられた。振返って見ると、今通って来た町の、郡役所も裁判所も何処にあるのか見分けもつかず、町の黒い屋根がごたごた並んでいるのがむしろ可笑しかった。少し高い所へ上がって見ると、大きな建物だって小さく見えるのである。私達は声を張り上げて、万歳!万歳!と咽喉のつぶれてしまうまで絶叫した。》


木山捷平の詩碑。

うしろには略歴。

何の詩が刻まれていたか忘れてしまったので、いま詩集を繰ってみると「杉山の松」という一篇だった。
杉山の松
杉山をとほりて
杉山の中に
一本松を見出でたり。
あたりの杉に交って
あたりの杉のやうに
まつすぐに立ってゐるその姿
その姿がどうもをかしかりけり。